親が「必ずしも正しくない」と知った瞬間世界がひらけた

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こんにちは、いきもです。

 

あなたは「親の言葉」や「周囲の価値観」にどれくらい自分が影響されているか

考えたことはありますか?

 

生きづらさを感じる人はたいてい、親の価値観や周囲の価値観に染まっています。

そして、その価値観に無理して自分を合わせようとして、自分で自由を手放してしまいます。

 

なので本当に自分にとって快適な人生を手に入れるためには、

一つの価値観に染まりすぎない

ということが大切です。

 

でも、自分が特定の価値観にがっつり染まりきっている、と自覚するのは難しいです。

それに気づいていたとしてもそこから抜け出すことも簡単ではありません。

 

なので今回は、そうした問題をどうすれば解決してきたるのか、私の経験を例にとってお話してみようと思います。

 

うちの教育方針

今振り返ると、我が家の教育はオブラートに包んではいるものの、

「親の言うことは絶対」でした。

 

あまり「言うことを聞きなさい」と叱られた経験はなかったけど、我が家の教育はなんだかとても巧妙でした。

 

親の言うとおりにしないと不都合が起こる

親の思う通りにならないと承認されない

という間接的な態度によって「自然と親の言うとおりにせざるを得ない」仕組みができていたんです。

 

 

例えば

 

自分で選んだ服を着ていると

「え~、なんかそれは微妙じゃない?」

「こっちのほうが似合うわよ」

としつこく母の選んだ服を着させられる。(着替えるまでずっと言ってる)

 

本人は別にやりたかったわけではないのに

父が野球経験者だからと兄を半ば強制的に野球クラブに入部させる。

(結局兄は反抗心か、脱退してサッカークラブに入る:けど本当は文化系だったみたい)

 

クレヨンしんちゃんとかアニメを見ていると「そんなの頭の悪い人間が見るような番組よりもっと頭の良さそうな番組を見たらいいだろう」と言われる。

  

クイズ番組で答が正解できる(一般常識が身についている)とやたら褒められるが、親の価値観に沿わない漫画やゲームには「バカになる」というレッテルを貼り、兄が小学生の頃強制的に没収。

 

兄が料理の手伝いをしなくても何も言わないが、私が手伝わないとかなり怒り、反抗したら家の外に放り出されてカギをかけられる。(父も見て見ぬ振り)

 

 

などなど。

遠回しに言ったり、自分の主張ではなく常識や普通という盾を使って巧妙に自分の都合に合わせて子供を操作していました。(すごく言い方悪いけど)

 

当時は「それが普通なんだ」と思っていましたが、当時と比べて遥かに広くなった視野で考えると、とんでもなく偏った価値観に合わせられてたなと思います。

 

なぜ私は反抗できなかった?

そんな家庭だったせいか、兄には結構激しい反抗期がありました。

親との会話は一切しない。

家にも帰らない。

ガミガミ言われると反抗的に言い返す。

 

そんな時期がありました。

今思えば、そうなって当然だったのですが

両親は「何だあいつは」「いつまで反抗しているつもりだ」と自分たちの行動の非を全く疑っていませんでした。

 

だから、完全に家庭内では「兄がおかしい」という認識が固まってしまってたんです。

 

そんなわけで、兄は家の中で完全に孤立してしまっていました。

家の中に理解者が一人もいなかったのですから。

 

私が反抗できなかったのは、この様子を終始見ていたからではないかと思うんですよね。

 

長子と比べて次子というのは、非常に上の子と親とのやり取りをよく観察しています。

だから「反抗したら嫌われる」ということを私は学習していました。

 

兄と自分を比べて劣等感を常に抱えていた私は、親に認められないことが何よりの恐怖でした。

だから反抗した兄が受けた親からの「ダメなやつ」「家族を不幸にする」という評価を受けることが怖くて、どうしても本音を出すということができなかったんだと思います。

 

本音を出すことで社会から(というか実際は親の常識から)外れるのが怖くて、従順で良い子のレールから外れた道を選ぶことができませんでした。

 

なにより、親の価値観を1ミリも疑っていませんでしたからね。

周囲の友人にも「うちのお兄ちゃんは大人げない」みたいなことを普通に話していました。

もちろん、我が家の教育方針を知らず、兄が反抗している様子だけ聞かされた友人は「お兄ちゃん、それはちょっとね・・・」というリアクションになりました。

 

当時は自分の考えが偏っているとは、つゆほども思っていなかったんです。

それが余計に、私の価値観を強固なものにしていたのだと思います。

夫とその家族と出会って、価値観が崩壊する

私の価値観が一変したのは夫との出会いでした。

 

私の夫は非常に開放的な家庭で育ち、

「親だろうが誰だろうがたとえ何を言われても、選択権は自分にある」

という主張の持ち主でした。

 

だからはじめどれだけ不本意でも父や母の言うことに一切逆らおうとしない私を見て

「なんで???」

「嫌じゃないの???」

「窮屈じゃないの???」

という疑問でいっぱいだったのだそう。

 

私にとっては親の価値観が全てだったので、むしろ彼のスタンスは

「親にそんな口の聞き方をして大丈夫なの?」

「そんな身勝手なことをしていいの?」

と見ていてハラハラすることばかりでした。

 

しかし、彼がどれだけ自己主張をしても彼のご両親は基本的に

「好きにしたら?」

というスタンスを貫いていました。

 

「こうしなさい、ああしなさい」と言いくるめようとしたり

「普通は」「常識は」「みっともない」「人に笑われる」と脅すこともなく

 

「自由にしてもいいけど、何かあったら自己責任だから。」

「人に迷惑をかけることだけはするな」

とだけ。

 

子どもたちが

急に転職すると決めようが、

家にずっといようが、

常にスマホを触っていようが、

苦言を一言二言言うことはあれど、最終的にどうするかは本人の自由。

そこに口を挟むことはしませんでした。

 

我が家では親に従うまでいつまでも言い続けられるので、そんな家庭があることに本当に驚きを隠せませんでした。

 

「こんなに自由なおうちが存在するなんて信じられない!」と。

 

嫁いできた当初は母親から

「姑さんの言うことは絶対だから。反抗してはならない」

「嫁の立場は弱いのだから、黙ってしたがっておきなさい」

「しんどくなったら息抜きに帰っておいで」

なんて言われていました。

 

なので

「家の手伝いを積極的にしなくちゃ」とか

「お姑さんの台所仕事を積極的に手伝わなくちゃ」とか

「社会性がないと言われないように外に働きに出なくちゃ」とか

「いつもにこにこして迷惑をかけないようにしなくちゃ」とか

「気の利く嫁でいなくちゃ」とか

そういう配慮をすごくしていました。

 

義母はいつもあたたかく接してくれましたが、その優しさが遠慮の裏返しなのか本音の「自由にしていい」なのかが判断できず、やってもやっても不安になる日々。

 

実家では「自由にしていい」というのは言葉だけで実際は親の言うとおりにしないと否定されていたので、信じられないのは当然だったと思います。

 

「本当は、だめな嫁だと思ってるのではないか」

「本当はもっと気がきく嫁でいてくれと思ってるのではないか」

そう思うと気が気ではなく、

 

そのうち「自分はどうせよそ者だからきっとこのお家で馴染むことはできない」と一人部屋でつらくて悲しくて絶望的な気持ちになって泣き出したりもしました。

 

でも、夫がそれを受け止めてくれたり、

「家族はみんな、いきもが大好きだからあんなにいろいろしてくれるんだよ」

「やりたくないことはやらない人たちだし、不満があれば言葉で言うから大丈夫」

と勇気づけてくれ、

 

同居から1年を経た今でも変わらない義家族の態度に、「本当に自由に過ごしていいんだ」ということが心から信じられるようになっています。

 

みんなが外で野良仕事をしている間、家の中で過ごしたり、

頂いたおすそ分けをありがたく受け取ったり、(お返ししなければと慌てなくなり)

会いたいときに会って、一人でいたいときは団らんに参加しなかったり、

お出かけのお誘いに乗る日もあれば乗らない日もあったり。

 

昔の私だったら罪悪感にかられて絶対にでき無いことが今では普通にできています。

その一方で「自由に過ごせる」おかげか、自分から自然としてあげたいと思うことも増えて、ただ一方的にわがままに過ごすわけでも無いんですよね。

 

頼まれごとも喜んで引き受けられるし、お互い様って感じで、

おかげでとても良好な関係を継続できています。

 

 

結果的に本当に快適に暮らすことができているので、むしろ実家に帰るほうがつらいです。

実の母は未だに「なぜ娘は頻繁に帰ってこないのか」「他人の家より実家のほうがゆったりくつろげるはずなのに」と思っているのかもしれません。 

 

けど、

嘘偽り無く自由に過ごさせてくれる義理の家族との生活のほうが

言葉だけの「好きに生きろ」といいながら実際は親の言う通りにしなければならない不自由な実家での生活より

私にとっては遥かに快適だったと気づいたので、

 

多分頻繁に実家に帰ることは無いと思います。

自分が1つの価値観に染まっていたと気づくには新しい出会いが不可欠

夫と結婚してから自分の考え方がガチガチに親譲りだと気づくまで

私は今まで自分の価値観は絶対だと思って生きてきました。

 

知らぬ間に親の背中を見て育ち、親の言動を真似して生活してきたことにも気づかず、それ自体が偏っているなんて全く疑いもしませんでした。

  

「本当はこうしたい」という気持ちがあっても「そうすべきではない」と思い込み、親の価値観にがっつり染まって、反抗もせずに生きてきたので  

 

自由に生きるタイプの夫と付き合ったときは、価値観が合わなすぎてとっても苦労しました。

 

親の価値観でしか夫を評価できなかったので、

私自身の「こうあるべき」「こうするべき」がものすごく強かったんです。

だから私が相手に要求することがとにかく多くて、我慢しきれず衝突や喧嘩ばかり。

長年苦しい関係が続きました。

 

 

でも夫の「自分は自由、他人も自由」という生き方が周囲からとても好まれていたことをずっと見てきたし、

私自身が夫の家族から「自由にしていい」という扱いを実際に受けたとき

 

「あ、自分は偏った考え方に固着していたんだ」

と気づくことができました。

 

 

私は親の価値観に染まることが必ずしもいけないのだとは思いません。

 

ただ、親を始めとする周囲の価値観がその人の人生にものすごく強い影響を与えるのは事実です。

 

もしいまあなたが今の人生に「つらさ」を感じているのなら

今すぐ身につけるべきなのは

何事に対しても「~とは限らない」という考え方をもつ

ことだと思うんですよね。

 

だって自分が今まで信じてきたものは、

あくまでも私の周りの人たちの「経験の範囲内」の見解でしかない

のだから。

 

自分の周りでは正しい主張だったとしても

それが必ずしも自分にとって正しいとは言い切れない現実が存在するのを目の当たりにすると、これを認めないわけには行かなくなります。

 

  

人生だって同じ。

 

「絶対に~ではない」よりも「~とは限らない」のほうが遥かに正確です。

そうやって物事を見られるようになると、自分の価値観の偏りにどんどん気付けるようになります。

 

「こういうものだ」という常識や思い込みが外れると、人生の「可能性」がぐんと広がって、より中立的に、事実に即して考えられるようになるので

よい結果を招きやすくなります。

 

そうすることで、私はこれまでに

・自分には価値がない

・自分は誰にも必要とされない

・自分に強みなんて無い

・自分はどうせ幸せにはなれない

・自分に可能性なんてない

という思い込みを払拭してきました。

 

 

私は夫とその家族との出会いによって

自分の価値観の偏りを一度疑うことの重要性を知りました。

 

  

私は今後もこの3つの問を自分にぶつけながら日々を生きていきます。

「その主張に根拠はあるのか?」

「それ以外の方法は無いのか?」

「そうすることが本当に自分にとって幸せなのか?」

 

もしあなたも同じように周囲と自分の主張にズレを感じたら、この3つの質問を自分にぶつけてみてください。

 

その答えに即して生きることが、あなたが快適に生きる一番の近道になるはずです^^

 


私は、自己否定・超ネガティブ思考・人間不信とボロボロの精神状態から、多くの学びを得て問題解決力をつけてきました。

 

そのおかげで現在は、不安のない、自分の価値観に合った心地よい人生を送っています。

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2 件のコメント

  • はじめまして。

    数年前から人生に不安を感じることが多くなり、最近特に就職活動を通して社会構造に対する疑問から辛くなることが増え、こちらのサイトに伺いました。

    私も今の彼に出会って初めて自分が親の人生を生きていたことに気付き、今はとにかく親の扶養から抜けるために就職しなければと思っています。

    いきもさんの考え方やご家族とのご経験にとても共感したので、コメントせずにはいられませんでした。
    私もいつかいきもさんの様な生き方ができるかもしれないという淡い期待を抱いて、目の前の就活を乗り切りたいと思います。

    これからも陰ながら応援しております。

    • noraさんこんにちは
      社会構造に関する疑問とってもよくわかります・・・!

      実は私もそこに不満や疑問があって、
      お金を稼ぐのに就職以外の方法があると知ってから
      企業に勤めるという形をとるのをやめた身です。

      仕事への向き合い方に関してもお話しできることはあるかと思いますので
      またいつでもいらしてくださいね ^^
      応援いただきありがとうございます*

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    ABOUTこの記事をかいた人

    HSP内向軽度ADHD 不安と卑屈でいっぱいの人生を心と頭に関する知識で改善。 知るだけで生きやすくなる思考を発信中。 ●刺激少なめゆとり生活 ●ギクシャク関係だった夫と円満化 ●過干渉な母との関係改善 ●人見知り克服 ●信頼・感謝の人間関係 ●自分に合うお仕事発見 ●注意欠如やパニックによる失敗の激減 3度の飯と読書がすき。