プロフィール

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文章が苦手な方はこちらの動画で。

 

はじめまして、いきもです。

 

私は北関東の田舎で暮らすアラサー主婦です。

夫とその家族と合計9人で暮らしています。

 

人一倍傷つきやすく落ち込みやすく、

超ネガティブ思考で人間不信で悲惨だった人生を、

知識をつけて「予防」に徹することで

穏やかで快適でポジティブに人とも関われる人生に変えてきました。

 

ちなみに私のHSP度合いはこんな感じだそうです。

   

現在のわたしは、

・お互いの価値観を認めあえる家族と友人がいて

・大好きな夫との関係はこれまでで一番円満な関係で

・聞かれたらはっきりと自分の意思や意見を答えられて

・わりといつも心に余裕があって

・日々のささいなことにも幸せを感じられて

・イライラすることも劣等感を感じることも少なく

・時間に縛られずのびのびと穏やかな日々を送り

・人から感謝されることも尊敬されることも多くて

・将来のトラブルも今の自分ならだいたい解決できると確信してて

 

っていう人生を送っています。

これほんとに、嘘偽り無しで。

 

昔の私には到底信じられないくらい幸福な生活です。

 

ですが、ほんの数年前までの私は

これとは真反対の生活をしていました。

 

・ありのままの自分を認めてくれる人なんていない

・人には尽くさないと受け入れてもらえない

・意志や意見を言ったら絶対反論される、否定される

・心に余裕なんて1ミリもない

・すぐイライラしちゃうし常に周囲に対して劣等感

・自分の時間なんてほとんどないし、いつも誰かの仕事をやらされてる

・人から感謝されるどころか文句や不満を言われたり否定される

・将来のトラブルが不安過ぎて絶望的

 

「私って何のために生きてるんだろう・・・」

「人生って、つまんない、くるしい」

  

という日々を過ごしていました。

 

もっと明るく楽しく自信を持って生きていきたいのに

どれだけ悩んでも何をしていいかわからないし

そんな自分にわいてくるのは「自分ってだめだ」という言葉ばかり。

 

誰かに言われたちょっとした言葉や

理不尽な扱いに傷ついて

「どうせ、どうせ」といつまでも落ち込んでいる状態でした。

 

もちろん心から誰かの幸せを願うなんて余裕があるはずもなく・・・。

 

 

じゃあなぜそれと今真反対の幸せな生活ができているのかといえば、

それは

自分について状況をきちんと正確に理解して

世の中にあふれている自分を傷つけるもととなる「常識」を捨てる

ことができたから。

 

人生に幸福感を感じている人は誰もが

自分や自分を取り巻く世界についてとても詳しく理解しています。

 

同様に、人生が不幸だと思っている人は皆、

自分のことも、自分が暮らしている世界のこともあまり良く知りません。

 

自分がどんな人間なのか

どんな状況に快適さを感じるのか、不快感を感じるのか

 

逆に自分以外の人はどんな人間なのか

その人達はどんな背景があって何を思っているのか

その人達と関わっている自分はどんな状態になっているのか

  

自分が思い込んでいることが本当に正しいのか?

自分を不幸にする常識ばかりを信じ込んでいないか?

 

そういったことを正しく読み取れるかどうかで、日頃の暮らしやすさって大きく変わってくるんですよね。

 

例えば過去に私が囚われていた常識を一部紹介すると・・・

・苦労や努力が常に正しい(誰も傷つけない楽の仕方もあるはずなのに)

・うさんくさいものはすべていけない(一見胡散臭くてもよく見れば根拠がちゃんとしてるものだってある)

・上司、親の言うことは絶対(人間誰しも間違えるし偏っているもの)

・不真面目、失敗は廃絶すべきだ(そんな完璧人間は存在しません)

 

こうした思い込みに私はかなり振り回されてきました。

 

思い込みの怖いところは、思考が停止してしまうこと。

何も考えずに「そういうものなのだ」と流されてしまうと、

自分を守る行動が取れなくなってしまいます。

 

 

自分が「不幸だ」と感じている人は大抵、この思い込みによって自分を守る行動にブレーキが掛かっている状態。

放っておくと、取り返しのつかないところまで思い込みが進行してしまいます。

 

 

実際私はこれによって本気で自分の命の価値を疑うところまで落ちました。

人は幸せになるために日々頑張って生きているのに、その目的が「自分には叶わない」と思う日々はとてもつらいものでした。

 

1人の人間の頭にはその人の「経験」によって様々な価値観が備わります。

そしてそれはたいてい、親や先生、友人など周囲の人たちによって大きく変わります。

 

広く言えば文化ともいえるもの。

でも、それを誰かに押し付ける傾向が強いと、それは「常識」となり、守るべきルールのように感じてしまいます。

 

ルールというのは、「守らないと秩序が保てないもの」です。

だから私が思うに、この「常識」というのはちょっと最近厳しすぎやしないかと。

 

どうも、常識を訴える人たちの中には、

「自分がしたがって苦労しているのだから、お前も同じように苦労しろ!」

という思いが見え隠れしている人がいるようで。

 

日頃の我慢やうっぷんを晴らすための「許可証」にされているような感覚があります。

 

もちろん人に迷惑をかけたり、傷つけるようなことはしてはいけないから、社会的な抑制力として常識があるのは必要なことです。

 

が、 「痛みを与える」「自分のうっぷんを晴らす」「個人の都合を通す」ための常識には従う必要はないはず。

 

これは私個人の経験や理屈ではなく、

無数の本やメディアやコンテンツで「うまくいってる人たち」が「うまくいってない人たち」に向けて訴えていること。

 

私は適切な知識や情報を身につけたことですごく人生が楽になったし、環境が変わって充実感もかなり上がりました。

 

でもなかなか、自分では客観的に自身や自身のいる社会を見れないことも。

 

だから私がこれまでに学んだことをもっとたくさんの人に知ってもらい、

もっと人生を楽しんで穏やかに快適に生きられるようになって欲しくてこのブログをはじめました。

 

世の中を見渡してみると、

 

自分に関する「正確な」知識や情報を知らないせいで、

そして周囲の人の言う「普通は」という言葉に縛られているせいで、

 

頑張ることに疲れてしまったり

頑張れない自分を責めてしまったり

 

「もうどうせ自分の人生はうまくいかない」

って自分の人生を諦めてしまっている人が本当に多いです。

 

 

でも、正しい情報に触れるきっかけさえあれば

 

毎日自分の本音を無視して我慢しなくても

人目を気にしてへとへとにならなくても

トラブルになるたびに人間関係をリセットしなくても

極限状態になるまで自分に向かって暴言を吐かなくても

 

穏やかな生活を送ることはできるんです。

 

 

多くの人は誤解しています。

 

「幸せになるにはものすごく大変な努力や運が必要」

って思ってます。

 

私が思うに、それは

思い込みから抜け出せていなくて

正しい情報を手に入れられていないだけ。

知識がないから、行動に移せないだけ。

 

できないのと、知らないのとでは大違いです。

 

適切な知識と情報さえ知っていれば自然と前に進んでいたりします。

 

まず最初に知っておくべき知識については

youtubeにて色々しゃべってますので

興味ある方はこちらから

 

メルマガではこの

「常識に縛られず快適に暮らすための知識や情報」

をより具体的に発信しています。

詳しくはこちら

 

 

ここからは私の人生を振り返りながら、

実際にどうやって思考やマインドを変えていったのか

というお話をさせてください。

 

以下、私の今に至るまでの経歴です。

目次


中学校で人間関係の難しさを知る

小学校くらいまでの私は、

多少引っ込み思案だったものの、自分が受け入れられないという経験はなかったのでそれなりに楽しく毎日を過ごしていました。

 

でも中学校に入ってから、

人が自分をどう思うかってことを異常に気にしだす人生

が始まりました。

 

多分これは、中学に入学して早々に

友だちになれたと思った相手にいきなり拒否された

ことがきっかけだと思います。

 

 

昨日まで普通に話していたのに、

ある日突然無シカトが始まったもんだから本当にびっくりして。

 

「なんで?なんか私悪いことしたかな」

ってめちゃめちゃビクビクしながら聞いたら

 

冷たい目でこっちを見て

「あんた、しつこいんだよね」

って。

 

頭をガツンと殴られたような気分でした。

 

 

その時に初めて、

自分に問題があっても、他人はわざわざ忠告してくれない。

相手の機嫌を損ねると、嫌われて一人ぼっちになる

って思い込みができあがりました。

 

それからというもの、

のうのうと生きてたら気づかない間に嫌われてるんじゃないか

そして気づいたときには一人ぼっちになるのではないか

ということが怖くて仕方なくなってしまいました。

 

このあたりから、いつも相手の顔色を伺ったり相手の機嫌を取るような生き方が始まったんだと思います。

 

高校はとにかく暗黒時代

で、次の試練は高校生になった時。

中学の時のトラウマがあったから、4月は本当に憂鬱でした。

 

素の自分でいたら人に嫌われてしまったという経験から、

「ありのままの私じゃ受け入れてもらえない」

だけが頭の中にあったので、もうどうしていいかわからなくて。

 

 

どんな顔で

どんなことを言って

どんなリアクションを取れば嫌われずにすむんだろう?

何をしたら友達って作れるんだっけ?

 

しかも女子校だったから「いじめが激しい」とか「女の子の社会は陰湿」とかばかり聞いてたから、余計にうまくやれるか不安でした。

 

 

そんな状態だから、いつも緊張してて、顔はガッチガチ。

入学して1周間もしないうちにクラスの子に

「顔、こわい」「近寄りがたい」

って言われてしまいました。

 

彼女は誰とでも打ち解けられる明るいタイプの人だったから、自分も受け入れてもらえるかなと期待していただけに、ものすごくショックを受けました。

 

「あ、誰とでも仲良くなれるあの子とすら、私は友だちになることもできないのか」って。

 

高校生活のスタートがそんなだったので、花の女子校生活は暗黒の3年間となりました。

 

一人ぼっちにならないために、誰とでも仲良くなれる単独行動派の子のまわりをうろちょろしたり

 

クラスで馴染めなさすぎて部活に打ち込むけど、他の部員の子と温度差がありすぎてちょっと引かれたり(そういうのは敏感に読み取っちゃう)

 

進学校だったので「勉強しろ」圧がすごくて、無理して実力以上の学校に入ってしまったばっかりに授業に全くついていけず、成績は最悪。(先生や親の「コイツはもうどうしたらいいんだ?」という感情が全部つつぬけ)

 
自己否定がどんどん進んでストレスは溜まりまくり。

 

うまくいかない学校生活に加え

家に帰ると2つ上の兄の大学受験で母親は常にピリピリ。

 

「お兄ちゃんとお母さんの気に障ることはしてはいけない」

という暗黙のルールによって心の休まることは無く、二重につらい日々を過ごしました。

 

高校3年になって進路について考えるときも

柔道整復師っていう職業(接骨院のお医者さんですね)になりたくて

親に専門学校の話をしたんです。

 

そしたら親から

「専門学校に行かないと資格が取れないような職業はお金に苦労するからやめなさい」

と一蹴され。

私は親に黙って従うほかありませんでした。

 

兄は私よりもできが良くて、

家の経済状況を知っていたのか、それとも自分が行きたいところがたまたまそうだったのかわかりませんが、

地元の国立大学を滑り止めなしの一本で受験し、見事に合格を果たしていました。

 

そのため両親から進路について止められることもなく、揉める様子もありませんでしたから、余計に劣等感を感じていて。

 

学校も進学校だったので、先生も大学以外の進路はあまり良い顔をしなくて。

 

両親に対しては

「これまでさんざん我慢し続けてきて

授業も部活も家族の機嫌を損ねないように努力もしてきたのに」

 

「将来は好きに選べばいいなんて言っておいて

お金の話や就職の話になると手のひらを返すように否定するなんて」

 

と、普段は反発もしない私ですが、けっこうムカムカしたんですね。

でも、結局それを言葉に出すことはできませんでした。

  

「言ったらみんなから批判、反対される」

「世間知らず、常識知らずと言われてきっと誰もわかってくれない」

「きっとまた、傷つくことになる」

「どうせ私の意見なんて誰も聞いてくれない。」

不安と諦めで、何もできませんでした。

社会の事情やお金のことなど何も知らない子供の自分が何を言っても、周囲の人が納得してくれるとは到底思えなかったからです。

 

けっきょく地元の国立大学にやけくそで受けて見事に撃沈。

滑り止めで先生にすすめられた大学に不本意ながら進学することに。

 

・・・というなんとも苦い高校生活を送ることになりました。

3年間で自信も自尊心も底辺まで落ちちゃいました。

 

 

大学でちょっと復活するも・・・

さほど興味のない学部ではあったものの、学んでみるとそれなりに楽しくやれて

友人にも恵まれたので自尊心はあるていど回復したのですが、

 

ここでまた、私の自尊心を奈落の底まで叩き落とす事件が起きます。

 

それが就活で100社落ちた事件。

 

ゼミのメンバーや部活のメンバーは次々と就職先が決まるのに

なぜか私だけいつまでも内定がもらえない。

 

面接だって、書類審査だって、たくさん受けているし

就活セミナーだってちゃんと行ってるし。

 

在学中の努力だってたくさんしてきた。

学祭委員とか学生会とか一生懸命やったり、

授業もちゃんと真面目に取り組んできたし、

成績も悪くなかったし、

バイトもしてた。

 

すでに内定もらってる、授業サボりまくって毎日のようにウェイウェイしてる飲みサークル人たちよりよっぽど仕事に真剣に取り組むし、

そういう人を会社も求めてるはずなのに、

なぜか私は選ばれない。

  

そのため

「結局、明るい人、社交的な人なら会社はそれでいいんだ」

「真面目なだけが取り柄の私はどこにも必要とされないんだ」

「外交的でない人間は世の中には必要とされないんだ」

そんな結論が固まってしまいました。

※今思えば、自分の強みを効果的にアピールする方法さえ知っていれば、もっとあっさり受け入れてくれる会社はあったはずなのですが

 

もうね、ここまで長期間他人から否定され続けたことなかったから、

「自分は価値のない人間なんだ」

って思うのはあっという間でしたね。

※就活でのお祈りはミスマッチなだけで人格否定ではなかったのだけれど

 

自分の真面目さや一生懸命さが社会的に何の価値もないのだと思いこんだ私は完全に自暴自棄になっていました。

 

だから当時付き合っていた彼氏(今の夫)に対しても

どうせ私と付き合っても楽しくないんだから他の子と付き合ったほうがあなたのためじゃないかな

とか

もう私のためになんかしようとしなくていいから。私のために使う時間と労力がもったいないよ

なんてことばかり言っていました。

(あとから知ったけど、これマジで信頼・心配してくれる人に一番やっちゃいけないやつ)

 

もう何もかもどうでもいいと投げ出したい思いと、

今投げ出したらそれこそ「社会のお荷物」「存在しちゃいけない存在」になってしまうという危機感の板挟み。

 

でもこの恐怖と危機感が私を突き動かしました。

 

その原動力のおかげで、卒業まであと4ヶ月問状態でスパルタな就職合宿申し込み、フルタイムの4日間の講習をみっちり受け、

最終的には、卒業式の11日前に奇跡的に内定をもらうことができ、私の就職活動はなんとか幕を下ろしました。

 

でも、2年間の就職活動は自尊心を木っ端微塵にするには十分すぎる経験となりました。

 

社会人になっても自分の価値はわからないまま

入社してからは、

「こんな役立たずの私を雇ってくれるなんてだけ超いい会社だ」

「いらない、やくたたずと言われないためにも目一杯努力しなければ」

という気持ちだったので

入社してからは自分の持てる体力をすべて使って仕事をしていました。

 

しんどい仕事もニコニコして引受け、

上司の意見には絶対逆らわず、

同僚の機嫌が悪ければさりげなくフォローしたり負担を肩代わりしたりして。

 

自ら社畜化するというか・・・

周囲の人の奴隷になるというか・・・

 

そうしていると安心できてたんですよね。

「人の役に立ってるから自分はまだ大丈夫だ!」

みたいな。

 

でも自分のエネルギー容量は人と比べて少ないことがわかってなかったので、

自分にとって精一杯の努力が他者にとっては「その程度誰でもできる」だったことがつらくて。

 

精一杯が「当たり前」だと思われる状況が苦しくて仕方ありませんでした。

当たり前のことしかしてない自分は価値がないと思っていたから。

 

だから褒められたくて精一杯に精一杯を重ねて、「すごいね」って言われるまで頑張ってしまってたんです。

 

だから、家に帰るともう体力気力ともにゼロ。

まったくなにもする気が起きず、休日も寝て過ごすような日々でした。

 

かといって、ずっと家にいると親に「また家にばかりいて」と咎められるので

 

別に行きたくもない食事会や二次会のカラオケに付き合ったり

買うつもりもない商品を眺めてショッピングモールをブラブラして過ごす

 

そんな毎日でした。

 

実家から通っていたので、家にいると母の愚痴を延々と聞く生活。

会社で起こる居心地の悪さや理不尽な思いはなかなか口に出すこともできず、

たまにくる彼氏からの電話もまた「仕事の愚痴」ばかり。

友達との会話も愚痴聞きで終わってしまうことも多くで心が休まることもなく。

 

 

「私の人生これで終わるのか」

「なんのために生きてるんだろ」

 

 

時々、そんな虚しさが襲ってきました。

 

決して、辛いことがものすごく多かったわけではありません。

 

仕事自体は激務とか残業が多かったわけじゃないし

周囲の人がモラハラだったわけでもないし。

(自分で自分を追い込んでたので)

 

「このレベルで文句言ったらいけない」

「もっとつらい人もいる」

という気持ちもあったかもしれません。

 

「自分は人からフォローしてもらえるような価値のある人間じゃない」

という思いもありました。

 

我慢したり苦労したり、でたまにちょこっと幸せ。そういうそれなりの人生が一番幸せなのよ」っていう母親の言葉に染まってたのもあるし。

※その母が私にとって一番のダメージだったことに気づいたのはこのずっと後でしたが・・・。

 

生き生きしてる人たちが仕事や趣味に打ち込んでるのを見て、うらやましいけど自分にはなれる気もしませんでした。

 

自分はワクワクして生きていいっていう感覚がありませんでした。

人に踏みつけられることでしか人の役に立つ方法がわからなかったので、

自分が楽しむ=誰かを苦しめる

という感覚しかなかったんです。

 

だからスマホでネットサーフィンしててもtwitterを漂ってても

なーんにも楽しくなかったし人生も良くなりませんでした。

 

でもそれを変えようとも思わなかったんですよね。

 

就活のときほど、危機感や恐怖を感じていなかったから。

結婚したらむしろ苦しくなった

そんな社会人生活を3年ほど続けて、私は彼氏と結婚して会社を退職し実家を出ることになりました。

 

最初こそ嬉しかったけど、実は正直きつかったです。

 

私は専業主婦、夫は会社員。

よくある話。むしろ社会的にはうまくやってるほう。

 

これで幸せだ。これでいいんだ。好きな人と結婚したんだもの、こんなに幸せじゃないか。

そんなことを言い聞かせてました。

母と離れたことで、自由に過ごせる日々を手に入れた感覚も少しありましたし。

 

夫は仕事が激務で朝早く出て夜遅く、ほとんど会話もしないまま寝てしまいます。

仕事での愚痴も多く、淡々と聞くだけの日々。 

好きな人と結婚したはずなのに寂しかったし、居場所のない感じでした。

愚痴聞く人、家事やる人、みたいな。

 

でもたまに疲れ切ってちょっとサボったりすると

「家にずっといるんだからそれくらいはちゃんとやって」

と言われてしまって落ち込んだりもしてました。

 

「当たり前だ。自分が思うしんどさなんて、甘えでしかない」

とどれだけ自分に言い聞かせても、心は納得してくれませんでした。

 

自分にあんまり価値がないような、生きてる感覚のないような。

 

かといって、やりがいを求めて就職するのも気が進まなくて。

 

きっとまた人間関係や人目を気にしすぎてものすごく疲れるから、

余裕がなくなって夫と喧嘩になる、今よりひどい状況になるとわかっていたから。

 

だけど、今の生活は楽しくない。

時間があっても楽しみ方がわからない。

自分が大事にされている気がしない。

自分なりに努力してるつもりだけどそれは周りからしたら当然のこと。

 

しかも家にいる時間で色々考えて不安になるんです。

お金のこと、将来生むかもしれない子供のこと、家族のこと、友達のこと。

自分の人生のこと。

 

「アタリマエのことができない私に、お金の準備とか子供とか無理でしょ・・・」

と絶望的になってました。

 

今はそれなりに良くても、今後どうなるかわからない。

だから備えなきゃいけない。でも、やり方がわからない。

 

「どうにかしたい」

「けどこんな自分じゃどうにもできない。」

そんなもやもやとした思いで暮らす日々でした。

 

自分自身も、彼との将来も、何もかも不安だけど、放置する以外何もできませんでした。

 

そんな思いでぐちゃぐちゃに考え込んだり

目の前のことに忙殺されてそれをすっかり忘れたり

また思い出してうんざりしながら生きていました。

 

人生2度めの一大危機。夫が病みかける。

時折不安になって、ネットで検索してみるけどこれといった解決策も無く、「ふーん」でブラウザを閉じる。

そんな日々を何か月か過ごしたころ、夫がこうこぼしたんです。

 

「会社、やめたいっていったらどうする?」

 

いやもう正直、すごくこわくなりました。

「ついにこの日が来てしまった」って感じでした。

 

人によっては「いやいやご冗談を笑」で済む話かもしれません。

 

でも私は全く笑えませんでした。

これまで彼がどれだけ長いこと会社に不満を持っていたかよく知っていたし、彼が実際にどれくらい仕事に人生を振り回されていたかも知っていたから。

 

なにより、私自身が他人に振り回される生活のつらさを誰よりも知っていたから

「家庭のために我慢して仕事を続けてくれ」

と安易に言うことはできませんでした。

 

でもそうなると、

「生活、どうする?」

という問題にぶちあたります。

 

代わりに自分が働くか?

さすがに女の自分が男である夫なみに収入を得られる仕事につくのは現実的に考えて厳しすぎる。

それにそのレベルの仕事が自分のようなヘタレで気力も体力もない人間に長く務まるとはとても思えない。

 

そこで私は知識に頼ることにしました。

 

就活の経験から、「問題を解決する方法は自分の常識の外に必ずある」とわかっていたからです。

 

そう思って情報を集め始めた矢先、お金について学ぶ機会が増え、それに伴って心や脳のメカニズムについて学ぶ場も増え、

 

それらの知識を着々とつけたことで

今では生活と心の両方のゆとりを手に入れる結果となりました。

 

今では夫も紆余曲折あって農家に転身、当時より遥かに生き生きと仕事をしていますし

私もこれまでで一番心と時間にゆとりのある生活を手にしています。

 

おかげで夫婦の関係も非常に良好で、お互いに「既存の常識を捨てて知識を入れる」ことの大切さをしみじみ感じながら生活をしています。

 

ヘタレでビビりで疲れやすい人が快適に生きるために本当に大事なこと

これまでの人生を振り返って思うのは、

「自分が体力気力的に他の人ほど頑張れないと自覚すること」

「他者や世の中の常識に無理して合わせなくてもいい生き方を身につけること」

ができないと、快適に生きるってのは難しいということ。

 

HSPや内向的、といったカテゴライズが増えてきたおかげで

誰もが一律の気力や体力を持っているわけではないことに気づく人が増えてきました。(私は自分がHSPだとずいぶんあとになってから知ったのだけど)

 

それで一時、心は楽になったけどあくまで少数派。

多数派の人たちにはなかなか理解が進まない現状があります。

どれだけ普通の人の土俵で精一杯頑張っても

ちょっとへばってしまうと「それは甘え」と言われたり

「それくらい普通できるでしょ」と誤解されてしまったり。

 

でも、事実内向さんや繊細さんは少数派なのであって。

アピールベタな少数派の意見はなかなか多数派に伝わらないわけで。

 

そうした現状を嘆いていてもやっぱりどうしようもなくて。

 

「このままじゃ自分が押しつぶされてしまう」

「今のままじゃ楽に生きられない」

「頑張り尽くすだけで人生が終わってしまう」

 

そういった危機感と向き合わない限り、いつまでたっても快適な生活は手に入らないんですよね。

 

自分が「弱い」ときちんと受け入れることができれば、世の中の常識が自分にとってハードすぎると判断することは難しくありません。

 

そうすれば自分の生活の中ではその常識のハードルを下げて生活し、

対周囲の人とは「こういう自分なのです」ということを受け入れてもらえるような関係を作っていく。

受け入れてもらう関係を作るためにはそれなりの努力やエネルギーが必要だから、付き合う相手はきちんと選び、自身も伝え方や接し方を磨いていく。

 

私はそんなふうにして今の生活を作り上げてきました。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

HSP内向軽度ADHD 不安と卑屈でいっぱいの人生を心と頭に関する知識で改善。 知るだけで生きやすくなる思考を発信中。 ●刺激少なめゆとり生活 ●ギクシャク関係だった夫と円満化 ●過干渉な母との関係改善 ●人見知り克服 ●信頼・感謝の人間関係 ●自分に合うお仕事発見 ●注意欠如やパニックによる失敗の激減 3度の飯と読書がすき。