「口答えするな」というフレーズに違和感しかない

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こんにちは、いきもです。

 

言われたことあります?

「口答えするな」

ってフレーズ。

 

私は直接言われたことはないけれど、

誰かが言われているのを見たり聞いたりすることはあります。

 

ニュアンスで、似たようなことを醸されたりすることもあるし、

言われなくてもそれを察知してしまうのが繊細・敏感な人間のつらいところでもあります。

 

そのたびに胸がぎゅっと苦しくなります。

 

言う人が思っている以上に

言われた人にものすごくつらい思いをさせているこの言葉や思想。

 

正直私は「この言葉や思想、早く絶滅しないかな」と思ってます。

意外といろんなところで乱用されてる

親と子供だと「親に口答えするとは何事か」

上司と部下だと「給料もらってるんだからだまって仕事しろ」

夫と妻だと「お前は家のことをやっていればいいんだ」

世間だと「それが常識だろ」「普通はこうだろ」

 

そんな風にわりと普通に見聞きするんですよね、この姿勢は。

 

困ったことに、これやってる側は無意識なんですよ。

 

自分もそうやって育ったから、自分も上司にそういわれてきたから

そうやって言う人が多いから

そのやり方が正しい。って思ってる。

 

でもね~ 

いや、普通ってなんだって話なんです。

納得できる理由がないのに素直に聞くことなんかできないでしょ普通。

 

けど、逆らえない相手だと従うしかなかったりするんですよね。

生活や自尊心がかかってるから。

 

でも、本当にその人たちからしかお金や承認はもらえないんだろうか?

って思うんです。

 

親や上司やパートナーに認めてもらえなくたって、

それ以外の人が与えてくれることはいくらでもあるのにね。

 

でもそう考えることもできないくらいのダメージを負わせるのが

この「口答えするな」っていう言葉や思想だと思うんですよ。

「口答えするな」は反論をすべて拒否する言葉

これはたとえ反論が論理的でも、威圧的に自分に従えようとさせる言葉であってなかなかに罪深い主張だなと思います。

独裁的。

 

つまり誰が何を言おうと自分は正しいということを押し通すための「印籠」なのではないかってことです。

 

印籠ってのは水戸黄門の助さん格さんが「ひかえおろー!」ってするやつ。

あれ出せばみんな「ははー!」ってなるやつ。

(いつも思うけど無駄な血を流す前にそれ出してやれって思う)

(ドラマだしあれがウリだから言ってもしょうがないけど笑)

 

あれもあれで結構横暴よね。

主張が間違ってないからいいようなもので。

 

この「ははー!」ってしたくなっちゃう症は正直、

家庭や学校で「口答えするのは悪い子」っていう教育がなされてきたことが原因の1つとしてあげられると思うんですけどね。

 

親や先生やルールに反抗したり、「変だよ」「おかしいよ」って言わないこと。

それが理想であるべき姿だって。

それができない子は実力行使で怒られる。

 

結局、従順な子供を育てることが日本の教育なんだよなぁって。

 

 

もっと言えば、子供の反論に対してきちんと筋道立てて説明ができない大人が多すぎたってことなんだけどね。

子供の反論って、すごくグサッと本質をついてたりするから。

それを納得させながら説明するにはそれなりの思考や知識が必要だしね。

 

もっともっといえば、大人のほとんどが「そういうもんだから」と無思考で動いてきた何よりの証拠なんだけどね。

忙しいからって学ぶってことに消極的な人があまりに多いんじゃないかな。

 

ちょっと、はずかしい。

大人なのに、何も知らないようなものじゃないですか。

その結果子供の本質を突いた質問に何も答えられなくて、無理やりに「いいから」ってやり過ごしてるって。

 

そりゃ、学びに消極的で従順なだけの子供がたくさん育つのは当たり前なんじゃないかな…。

日本の政治や経済が傾くのも仕方ないよね。

  

 

こういうのって殿がいた時代の名残なのかな。

「逆らったら死ぬ」的な危機感が、DNAに染み込んでんのかな。

「先のことなんて考えたらつらくなる」って自分を守ってるのかな。

 

それとも戦後のGHQの方針(日本をアメリカ国にする)通りの教育をいまだに続けてるせいなのかな。

 

 

それじゃいつまでも幸せにはなれないよね。

 

ちなみに私個人としては

「答えられない問いがあるとすればそれは自分の知識が足りないから」

だと思ってるので、

 

「うるさい、言うとおりにしなさい」

とは絶対言いたくないです。

言う側は自分のやってる事に矛盾があるとうすうす気づいている時もある

繰り返しになりますが、

「なんで?」と聞かれて

「これこれこういう理由だから」がちゃんと説明できないのに

 

「黙ってやれ」「口答えするな」という主張はあまりにも横暴だと私は思うんですよね。

 

「理屈は知らない、でも自分が間違っているとは認めたくない」。

だから「口答えするな」という言葉で実力行使してるわけですから。

 

むきになる人ほど、「自分の主張に無理がある」と実はうすうすわかっていたりします。

こっちのほうが厄介かもしれない。

人間は「我」が入ると頑固になるので…。

 

 

人間には「言葉」があるのに、それを使って解決しようとしない。

自分の無知を棚に上げて、「従えないあなたが悪い」と相手に責任転嫁してる状態。

 

ものすごく卑怯だし理不尽でわがままだなぁ、って思うのですが

それがまかり通ってるのが今の社会。

 

言葉の使い方や自分の主張の理屈がわからないままこうやって平然と人を押しのけてる人が大勢いるんだから、

「生きづらいなぁ」

と思う人が多いのは当たり前だなって思うんです。

でもこれ、自分にやってる人もいる

ただ、これが他人だけなら「厄介な奴だ」と離れることもできるはできるんですが。

 

一番問題なのは、あまりにそういう人たちに洗脳されすぎて

自分に対しても「暴力」をふるってる人が多いということ。

 

もしかしてあなたも

 

そうすべきだから

そうあるべきだから

これがフツーだから

 

と世間の一般常識を自分に無理やりおしつけていませんか?

 

それに対して少しでも「無理だ」「嫌だ」と思ったりすると

内なる自分や頭の中の誰かが

「役立たずめ!」「常識知らず!」「お前は弱い!」

と非難を浴びせかけてくるような気がして。

 

「なんで?」と問いかけると「うるさい!」「黙ってろ!」「一人になりたいのか!」「批判されたいのか!」みたいな暗黙の圧力がかかる感じ。

 

だから常識や世の中のルールに合わせられない自分をいじめるしかできることがなくて苦しんでる。

 

追い打ちをかけるように、他人も同じようなことを言ってきたりすると

もうその主張はどれだけ非論理的でも「事実」になっちゃったりする。

 

そんなことになっちゃうと、人って簡単に病んでしまうんですよね。

 

自分で抱えた「間違った主張」に他人の主張(直接じゃなくてもネットで誰かの主張を見たりして)が運悪く重なると

もうどれだけ論理で話をしても耳に入らなくなっちゃって。

 

「私は役立たずなんだ」

「私のことを好いてくれる人なんていないんだ」

「ネガティブな事ばかり考える私は世の中のお荷物なんだ」

 

っていう正直偏りまくった主張も

ネットなら「激しく同意」「そういうやつがいると迷惑」みたいなごく一部の人間が何気なく書き込んだ言葉によって

 

「ああほらやっぱり」と事実化されちゃう。

 

私が自己否定の真っただ中にいた時も、そんな状態でした。

 

だから、なかなか前に踏み出すことができなかったんでしょうね。

 

※ちなみにネットで刺激的な言い回しをする人はたいてい、書き込んでる瞬間は余裕がなくてイライラしてます。

きつい主張を書き込んでる瞬間ははまともな精神状況ではないことが多いので

精神的に弱くなってる時はそういう記事をまともに受け止めちゃダメ。

 

論理的でない主張は下手すれば暴力だ

幸運にも、強い思い込みをを真っ向から否定してくれる人や知識にたくさん触れて私は立ち直ることができたのだけど

 

今となっては

明確な根拠のない主張は全部一度疑っていい

とけっこう本気で思っています。

 

相手が世間だろうが逆らえない相手だろうが自分だろうが関係なく。

一度「本当にそうなのかね?」って疑う必要があると思ってて。

 

もちろん自分の疑問が「無知」によるものだってこともありますよ。

ただ、「論理的に(納得できるように)説明できない人の言葉をすべて受け入れる必要はないよね」って思います。

 

本当に納得できるように話してもらったら、「ああなるほど」ってすとんと受け入れられるし、それはストレスになるはずもない。

 

「言うこと聞けないから蹴る」

みたいな相手と、そもそもまともに話せるはずないですし。

 

そういう人は「ごめんだけど距離置こう」ってのが私のやり方だなって。

 

 

自分に対してもそうですよ。

「できない!」「無理!」って言い始めたら

「本当にそう?」って疑うんです。

 

そうするとたいてい「だって今までやったことないし」とか

「うまくいってる人ほとんどいないし」とか

なーんか、納得できる根拠にはちょっと足りなかったりするんですよね。

 

やったことないものが不可能なら、人類はこんなに文明発達してないし

(文明の進化は不可能への挑戦の結果だから)

 

過去にうまくいってる人の数と自分がうまくいくかどうかは直接関係ないし。

(ダイエットのモニターとかで90%が満足してても、必ず自分が満足するとは限らないでしょ?)

 

過去にできたからできるとか、過去にできなかったからできないとか、

世の中にすごい人は一握りだから自分は凡人だし無理なんだとか。

 

結局確率や前例は「過去のデータ」でしかないんですけどね。

「100年に一度の災害」なんてもう、確率に頼る無意味さをがっつり表してるじゃないですか。

 

でも「無理」「できない」って主張を固めるために都合がいいから

そういう「一見もっともらしい(けど根拠が足りない)主張」にしがみついちゃったりするんです。

 

私今までさんざんやってきたからわかります。

これやっても、後で満足したこと一度もありません。

今まで通りの「そこそこ」な人生が続くだけ。

 

なんなら、やらない歴が伸びて「私ってダメだなぁ」と思う材料が増えるだけ。

なーんもいいことありませんでした。

 

話を戻すと

ということで「口答えするな」の話からずいぶん横道にそれてしまいましたが

 

まとめると、

・根拠のない主張を「きちんと言葉で説明しない」上に「実力行使で押し付ける」人はずるい

・それに対して無思考で「ははー!」ってしてるといつか心が病んでしまう

・自分を守る、幸せにするために大事なのは「本当にそうなのかね?」と一度疑ってみるということ

という話でした。

 

反骨信むき出しってわけではないけど、私は基本的に「ん?」って思った主張は徹底して疑ってます。笑

もちろん、説明に納得してその主張に賛成することもあるけどね。

 

なんでも鵜呑みにするってのは避けたほうがいいのではないかと思います。

もちろんこうした私の主張も、ね。

 


私は、自己否定・超ネガティブ思考・人間不信とボロボロの精神状態から、多くの学びを得て問題解決力をつけてきました。

 

そのおかげで現在は、不安のない、自分の価値観に合った心地よい人生を送っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

HSP内向軽度ADHD 不安と卑屈でいっぱいの人生を心と頭に関する知識で改善。 知るだけで生きやすくなる思考を発信中。 ●刺激少なめゆとり生活 ●ギクシャク関係だった夫と円満化 ●過干渉な母との関係改善 ●人見知り克服 ●信頼・感謝の人間関係 ●自分に合うお仕事発見 ●注意欠如やパニックによる失敗の激減 3度の飯と読書がすき。