悩み多き人たちへ朗報│悩んでる=現実と向き合っている

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こんにちは、いきもです。

 

悩み事が尽きなかったり

苦しいことばかりの毎日にうんざりしたり。

 

そんな日々がつらくて、

「いいよな、楽観的な人は」

「あまり物事を考えすぎないでいられたら」

と思うあなたに朗報です。

 

それは

 

悲観的な人は現実をちゃんと見ているから悲観的なのであって

それはいけないことではない

 

むしろ悲観的に考えられることはもっと色んな人に歓迎されるべき

 

ということ。

 

なにか悩みを持ったときに

「気にすんな!」

「考えすぎ」

「そんなこと起こるはずない」

「めんどくさい」

と軽くあしらわれたりしませんか?

 

そんで

「ああ、私って考えすぎなんだ」

「考えすぎるタイプは面倒がられるんだ」

って思っちゃって

 

でも考えないからって不安がなくなるわけじゃないから

余計に思考が止まらなくなって、

というスパイラル。

 

すごーーーくわかります。

私もそうだったから。

 

色んな人にネガティブなことを否定されてきたから、

 

「悲観的、ネガティブ思考はいけないことなんだ」

「もっと気楽に考えなければ」

という常識に染まってて

 

悲観的でネガティブな自分を変えられなくて苦しかったです。

 

でも今は違います。

 

むしろ、「悩みやすいタイプで良かった」と思ってます。

 

ネガティブ思考や悲観的なところがなかったら

「いまこうしてここまで安心して暮らせてない」

とさえ思います。

 

その理由について詳しく話していきますね。

 

不安を抱えやすい=改善点を見つけるのがうまい

なんかこう、

心配性=めんどくさいやつ

みたいにとらえられるのが世の中の雰囲気なんですけど、

 

心配するってのは「トラブルを防ぐポイントを見つけ出す」ってことだと思ってて。

できるだけ失敗しないためにはすごく必要なことだと思うんです。

 

だけどほとんどの人って

確率論とか運に頼ってるから、

「いけるだろう、たぶん」思考なんですよね。

 

だから万が一、その不安が的中しちゃったときに

「うわ!まじか!最悪!」

と困る。

 

けど、大抵は

起こった問題のせいにして怒ったりイライラしたりして

終わりにしちゃうんです。

 

けど、心配性な人、とくにトラブルによってメンタルに大打撃を受けるとわかっている人ほど

「こうなったら困る」

「こういう事態は避けないとまずい」

ってことがよくわかってるから

 

不安(改善すべき点)を見つけるのが上手。

 

問題やトラブルってのは

起こらないに越したこと無いのだから、どんどん改善していくべきなんですよね。

 

だから

心配性の人って、もっと世の中において大事にされてもいいと思うんです。

なんでみんな改善を面倒臭がる?

そうはいっても

「この点が心配なんですけど」

と主張したところでたいてい

 

「気にしすぎ」

「そんなことは起こらないから放っといて大丈夫」

 

と言われてしまうのが関の山だったりします。

 

それはなぜか?

 

トラブルによって被害をこうむるのが

心配している本人だけだったりするから。

 

例えば

なにかイベントをやるとなったとき。

 

私は人の感情や表情にものすごく敏感なので

 

「あのお客さん、なにか不安そうだな」

「なんだか、雰囲気が良くないな」

「あの人、イライラしているみたい」

 

ってことがぜーんぶ見えちゃって

その情報が入り続ける状態があまりにも苦しいから

状況を改善しようと頑張りすぎちゃってすんごい疲れるんですよね。

 

でも、人の感情や表情にそこまで敏感でない人や

仮に気づいても「自分がわざわざ助ける必要はない」と思える人は

 

そんな苦しさ知らないし、経験もしてないので

「なんでわざわざそこまでしなきゃいけないの?」

と必要性を感じられないわけです。

 

ここのギャップに私は長年悩まされてきたし、

同じように悩んでる人もいるのではないかなーと思います。

 

結局頼れるのは自分だけ

そう思うと、

自分以外の誰かが動いてくれるのを待つよりも

自分でその苦しい状況を改善するほうがよほど早いなと。

 

だって問題を感じてない人に

「対処してください」って言ったってなかなか難しいじゃないですか。

 

人間って自分ごとにならないとなかなか動けない生き物で。

 

「世界の食料が減っています」と言われても

その対策のためには動けないけど

 

自分の家で「明日の米がない」となると

なんとかしようと行動を起こせるわけです。

 

だから、

「私の問題」が「あなたの問題」と一致しない限り

誰かが私のために動いてくれることはなくて。

 

そういう真理に気づいてからは常に

「自分のすべてを理解して、何もかも捨てて一生懸命になってくれるのは自分だけ」

というのが私の第一信条になっています。

 

そういう姿勢で生きてきたので、

・気にしすぎ、と言われても自分にとっては苦痛なのでその原因を排除する

→強い光、匂い、鮮やかすぎる色、不快に感じる音、苦手な触り心地、ひどい言い方をする人達、から距離を取る。

 

・そこまでしなくても、と言われても自分がそうしないと安心できないから徹底して予防する

→人との交流で言葉の使い方にすごく気を使う、相手の不安が生まれないように笑顔で接する、いつも誠実でおだやかであろうと意識する

 

というのが私にとっては「当たり前」で、

そのおかげで今の生活はすごくすごく快適です。

 

あれこれ干渉してくる人はいないし

想定外でメンタルを削られるようなトラブルはほとんど起こらないし

人からは好意的に接してもらえるし。

 

やればやった分だけ、快適に近づいていくのがわかります。

自分の安心できる基準で対策するから、安心して暮らせる。

 

だからまぁ、

「なんとかなるか」

という言葉が口癖になっている人は

 

うがった見方をすれば

「いつか何らかの形で誰かが助けてくれる」という甘い夢を見ているに過ぎない

のではないかとも思います。

 

問題に対する対処や予防が甘くなるので

予想外のトラブルとか問題がおこります。

 

そのたび

「うわ!どうしよう!?」

になるんだと思います。

 

悲観的な人はこの辺が自然と想定内に入るので、

予防策さえちゃんとしておけばパニックは避けられるんですよね。

 

これは大きな強みと言えると思います。

自分すら信じられないときは?

そうはいっても、

「自分を信じられない」人もたくさんいますよね。

 

自分の判断に自信がない

自分の選択で誰かを傷つけてるかもしれない

自分の判断がどこまでの問題をカバーできてるのかわからない

よくわからないけどこわくなるだけで対処ができない

 

とか。

 

そういう人は単純に

「情報が少なすぎる」

のだと思います。

 

情報が少なすぎるから、

想像の中で「こうなるかもしれない」って悪い方に考えちゃうんです。

 

人間には

「痛みを感じたり死なないようにするために

何もわからないときは直感的に悪く考える」

という思考の癖があります。

 

そうすると得はしなくてもとりあえず安全そうな道を取れるから。

(確率論であって必ずそうではない)

 

 

よくテレビとかで

「箱の中身は何だろな」

ってあるじゃないですか。

 

視聴者には何が入ってるか見えるから安心して見てられるけど

箱に手を突っ込んでる人からしたら

中に何が入ってるかわからなくてめちゃくちゃ不安になるあのゲーム。

 

 

「情報がなくてとにかく不安になって動けない状態」

というのは言ってみればあんな状態なんです。

(出演者は手を入れないと番組にならないし

本当に危険なものは入ってないとわかってるからやるわけだけど)

 

  

自分が抱える問題やトラブルの中身が何なのかわからないから

おっかなびっくりしながら手を突っ込むなんて・・・

 

毒針に刺されるかもしれない

鋭い歯で指を噛み切られるかもしれない

なんて想像ばかりが膨らんで。

 

「そんな思いをするリスクを負うくらいなら何もしたくない」

「そのほうが安全だ」

って箱に手を入れられない人も多いのでは?

 

 

でも実は、箱の中にいたのは

「もふもふのうさぎのぬいぐるみだった」

なーんてことはざらにあります。

 

楽観主義の人は

「大丈夫大丈夫」

といって手を突っ込んじゃう人で。

 

でもそれは

箱の中身が何かを知ってるかどうかで結果は大きく変わります。

 

人生とテレビ番組は違うので、

中に何が入ってるかは本当に道。

 

中身が本当に危険だったら手を入れたら大変なことになります。

でも中におにぎりが入ってたら、どれだけ空腹でも手を入れない限り手に入れることはできません。

 

 

無謀な挑戦というのはおろかなことです。

特にトラブルの対処にものすごく労力がかかる人にとっては

「とりあえずやってみろ」精神は本当に危険。

 

安易に他人の基準で「不安なまま手を突っ込む」というのはしないが吉です。

何も起こらないとしても、不安で緊張した状態はストレスになります。

 

でも箱に手を入れないと、欲しい物も手にはいりません。

  

だから私達は本当は

「箱に何が入ってるのだろう?」

ということを一度確認してから手を突っ込む必要があるんです。

 

まぁ、番組的にはまったくおもしろくないだろうけど笑

人生における痛みや失敗をへらしながら進んでいくためには必要なことです。

 

 

知ってみれば

「なんだこんなこと」

なのに、

 

知ろうとしないから

「こわい」

「おそろしい」

「損するかもしれない」

という不安が膨らんで動けなくなります。

 

知識を集めるというのは

「安心して進む」

ためにすごく大事なことです。

 

前に進むことで傷ついたり苦労したり損しないためにもね。

 

そういうことが

もっとみんなに知れ渡ればいいなぁと思います。

 

まとめ

だから、まぁ何が言いたいかって

 

・悲観的なのはそれ自体はむしろいいこと

・でも悲観的に考えて手を出さなければ、何も叶えることはできない。

・悲観的に考えた上で「不安の正体をはっきりさせる」ってことが大事。

・そして不安の原因を取り除いて安心しながら行動すれば人生はぐんぐんよくなる

 

ということでした^^

 

 

人生を良くするには

不安を見つける力とその不安を取り除く力

の両方が必要です。

 

私は多分、人より遥かに不安症で、問題を見つけるのがやたらうまいので

その分たくさんの問題を解決することができました。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

HSP内向軽度ADHD 不安と卑屈でいっぱいの人生を心と頭に関する知識で改善。 知るだけで生きやすくなる思考を発信中。 ●刺激少なめゆとり生活 ●ギクシャク関係だった夫と円満化 ●過干渉な母との関係改善 ●人見知り克服 ●信頼・感謝の人間関係 ●自分に合うお仕事発見 ●注意欠如やパニックによる失敗の激減 3度の飯と読書がすき。