人と自分を比べて苦しくなるのは〇〇が見えてないから

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こんにちは、いきもです。

 

あなたは自分にできてない他人の行動を見たとき、どう思いますか?

 

純粋に「すごいなー」で終わる人、

「私も頑張らなきゃ!」と思う人、いろいろだと思いますが

 

「それに比べて私はなんてだめなんだろう・・・」

と思ってしまう人のために今回の記事を書こうと思います。

 

私自身もかなり「それに比べて族」だったのですが、

いまではあまり自分を責めることはありません。

 

それは「自分に必要なこと」と「そうでないこと」を区別できるようになったからなんです。

 

人の頑張りはが目に入るのはすごいこと

まずもって、他人の努力や能力を「すごい」と思えるのは、素晴らしいことです。

大抵の人は、それをみても何も思いません。

それが自分の役に立つかどうかによって、リアクションが変わります。

 

例えば

「趣味はカメラで、1日50枚は写真を取ります!」

「ふーん」

 

「今日はこだわって、こんな料理を作ってみました!」

「ふーん」

 

みたいな。

だから「すごい!」「私にはできないから尊敬する!」と思える(言える)人は本当に素敵だと思います。

言われた側も、とても嬉しいはず^^

 

心配なのは、それを見て「卑屈」になってしまうこと

ただ、それを見て「すごい!」と相手を称賛するのではなく(またはそれに加えて)

 

「なのに私は何もできなくて・・・」

「私もできるようにならなくちゃ・・・」

と考えて憂鬱になってしまうこと。

 

周囲からしたら十分頑張っているのに、誰かの努力を聞いて更に頑張ろうとしてしまう人が結構たくさんいるんです。

 

でも・・・

それって本当に必要なことかな?って考えてみてほしいんです。

 

事情も環境も人それぞれ

私がここ最近でそれをやってしまったのは、お嫁に嫁いできてからのこと。

 

おばあちゃんがいつも丁寧にお掃除しているのを見て

「やばい、私窓のサッシとか全然掃除してない・・・」

「そんなに忙しいわけじゃないんだからちゃんとしないと」

と焦ってたんです。

 

でも、なかなか取り組めない。

 

べつにおばあちゃんに「サッシの掃除しないとだめよ」なんて言われたわけでもないのに、

なんか勝手に「やらねばならない使命感」にとらわれてしまってたんですね。

 

そんな感じでもやもやしていたある時おばあちゃんに

「おばあちゃんはすごいね。毎日のように丁寧に掃除してて。」

と言ったら、思いがけない言葉が帰ってきました。

 

「うん、まぁ今の時期ヒマだからね。ヒマだからやってるだけだけよ」

 

最初こそ謙遜だと思っていましたが。

当時は2月。農閑期。

農家としては田んぼのお仕事が全くない時期。

 

そして田植え真っ盛りの今、

おばあちゃんは掃除をほとんどしていません。

 

あ、いつもちゃんとやってるわけじゃないんだ・・・

それに気づいた時、ふっと力が抜けたのを覚えています。

 

自分からしたらすごいことをしているように感じていても、相手にとっては余裕のある時にやってるだけだったり、やりたくてやってるだけだったり。

 

それと張り合って義務感でやることはなかったんだ、ということに気づいた瞬間でした。

 

どうしても、「常にちゃんとできる」を叶えたくなるけど

誰だって、24時間365日ちゃんとしてるわけじゃないんですよね。

 

自分は自分の24時間365日を知ってるけど、他人のそれは本当に一瞬しか知りません。

目にした時間で起こったことがその人のすべてのように感じてしまうけど、そうじゃないんですよね。

 

雑誌に乗ってるモデルさんは、

常に美意識が高くておしゃれな服を来て、いつも明るく暮らしているように見えるけど、

たとえ「オフの時間」と書かれてもあれはお仕事としてカメラに映るONの顔って言うのを忘れがちだったりします。

 

彼女たちだって、寝起きのむくみや汚れた顔の瞬間もあるし、悩んだり大きなトラブルでおしゃれどころじゃない瞬間もあります。

でもそれをカメラの前で見せるのはプロじゃないから明るくいるだけ。

 

そう考えると、私達が人前にいるときと自分ひとりの空間にいるときとでギャップがあるのは当然のことですよね。

 

パジャマとよそ行きの服を比べているようなもの。

そもそも比べる相手ではないんです。

 

自分にとって必要?を考えていますか?

もう一つ、ここからが大事なことですが

それは自分にとって本当に必要なのかな?

ということを考えてみてほしいんですね。

 

私がおばあちゃんと比べて「やらなきゃ」と焦っていた窓のサッシの掃除もそう。

 

おばあちゃんにとっては「サッシがきれいだと気持ちいい」「お掃除をして時間を過ごせる」というメリットがありました。

 

でも考えてみれば、私にとってサッシの掃除はあまりメリットがなかったんです。

そんなに頻繁に掃除してもしなくても、窓の開閉にはあまり問題がなかったから笑

 

それに、他にやりたいことも色々ありました。

こうしてブログを書いたり、夫に栄養のある食事を作ったり、本を読んだり、メルマガ読者さんからのメールにお返事をしたり、ゆっくりと休憩をとったり。

 

なのに、「人がやっているから」「掃除は常にしたほうがいいから」という義務感とか使命感とか連帯感で

「やらなきゃ(泣)」

と焦っていたんですよね。

 

だけど、人の時間にも体力にも気力にも限りがあるんです。

「自分にとって本当に大切なこと、必要なことに注力する」

ってことを考えないとあっというまに潰れてしまいます。

 

ただでさえ、人との関わりや環境から情報を取り込みすぎて疲れやすい繊細さんならなおのこと。

だから、自分のもってるエネルギーや時間を大事に使おうという意識がとても大事です。

 

現に、それができるようになってから私は

誰かがやってて自分にできないことを目にしても、卑屈になることはなくなりました。

「今の私には必要ないかな」

「私は私でやれることをやっているから、それで十分」

と思えるようになったから。

 

だから「すごいね」「尊敬する」っていう言葉は積極的にかけるけど、

その後に自分を下げるようなことは言わなくなりました。

 

それだけで、人付き合いもぐんと良くなった印象があります。

 

あなたもつい自分に対して卑屈になりそうなときは、この

「自分に必要かな?」「自分が求めているのかな?」ということを一度立ち止まって考える

という1アクションを試してみてくださいね^^

 

それだけでもかなり、背負い込むものが減るのではないでしょうか?

 


私は、自己否定・超ネガティブ思考・人間不信とボロボロの精神状態から、多くの学びを得て問題解決力をつけてきました。

 

そのおかげで現在は、不安のない、自分の価値観に合った心地よい人生を送っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

HSP内向軽度ADHD 不安と卑屈でいっぱいの人生を心と頭に関する知識で改善。 知るだけで生きやすくなる思考を発信中。 ●刺激少なめゆとり生活 ●ギクシャク関係だった夫と円満化 ●過干渉な母との関係改善 ●人見知り克服 ●信頼・感謝の人間関係 ●自分に合うお仕事発見 ●注意欠如やパニックによる失敗の激減 3度の飯と読書がすき。